神戸大学 大学院理学研究科・理学部

研究トピックス

SDGs と化学合成―私たちの取り組み

化学科・化学専攻 有機反応化学分野 林 昌彦 教授

林 昌彦 教授  私たちが取り組んでいるのは「精密有機合成」です。有機化合物の多くは炭素、水素、酸素、窒素、リン、硫黄などわずか数種類の元素から成り立っています。 それにもかかわらず、膨大な数の有機化合物が存在するのは「異性体」が存在するからです。異性体にも構造異性体、位置異性体、立体異性体などがあります。 有機化合物の代表である医薬品を考えてみましょう。個々の医薬品は単一の化合物であり、そこに異性体が混在していては効き目が落ちるだけでなく、 時には重篤な副反応を引き起こします。その最悪の禍の一つがサリドマイド事件です。これは不都合な異性体も併せて服用してしまったために起きた悲惨な事件です。 したがって、立体化学を含め望む構造の化合物のみをつくることが必要です。それが「精密有機合成」と呼ばれるものです。 望む化合物を作る際に不要な廃棄物や副生成物が生成しないように高選択的な反応を用います。SDGsの理念と一致します。 その実現の鍵は化学反応を促進する「触媒」にあります。高活性かつ高選択的な触媒の設計と合成、そして反応への適用は人知の結集により達成されます。 私たちのグループでは現在、二つの課題に取り組んでいます。一つは、有機分子の骨格となる炭素―炭素結合を形成する新しい方法の開発です。 もう一つは酸化反応の開発です。どちらも先に述べたように単に反応を進行させるだけでなく、望む位置に、望む立体化学で生成物を得るためには 新しい高活性かつ高選択的触媒の開発が必要不可欠です。私たちの開発した触媒を用いて、これまで医薬品をいくつか合成しました。 具体的にはコレステロール低下剤スタチン類の一つフラバスタチン、抗インフルエンザ薬の一つタミフルの合成を行いました。前者は高選択的な炭素―炭素結合を用いて 従来は 10 ステップ以上かけて合成していたものをわずか 3 段階で 100%の選択性で合成できました。後者は選択的酸化反応を用いて合成しました。 有機化合物は医薬品や農薬、香料と言ったライフサイエンスの分野だけでなく、近年は有機材料や伝導性プラスチックなどマテリアルサイエンスの分野でも 注目を集めています。持続可能性社会の実現のためには、作る際はもちろん、生分解性ポリマーのように作った後も環境に負荷をかけない化合物が必要となります。 SDGs 実現のため、80 億人もの人口が健康で文化的な生活を持続的に送るためにも有機合成化学者の果たすべき役割は今後ともますます重要となっていくと思います。

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